前回は、私が初代X1を手に入れ、プログラミングや学校の仕事、パソコン通信へと使い方を広げていった個人の記憶を書いた。今回は同じ思い出を繰り返さない。X1という機械そのものに焦点を当てる。

1982年から1988年までのわずか6年ほどに、テレビとの融合、PCG、クリーンコンピューター、カセット制御、フロッピーディスク、漢字、高解像度、FM音源、多色表示、通信、そしてゲーム機との複合までが詰め込まれた。年表をたどると、X1が単なる「昔の8ビットパソコン」ではなかったことがよく分かる。

1982年 初代X1――「パソコンテレビ」という出発点

初代X1(CZ-800C)の最大の特徴は、CPUの数字よりもコンセプトにあった。シャープはX1を「パソコンテレビ」と位置付け、テレビとパーソナルコンピューターを一つのシステムとして扱った。専用ディスプレイテレビとの組み合わせで、テレビ映像とコンピューター画像を重ね合わせるスーパーインポーズが可能で、テレビ側のチャンネルや音量などもコンピューターから制御できた。

技術の要点:「テレビが映るパソコン」ではなく、テレビをコンピューター側から扱うという発想にX1らしさがあった。
初代X1をイメージした赤いX1本体、専用ディスプレイ、キーボード
初代X1をイメージした再現画像。赤い筐体と専用ディスプレイは、X1を象徴するデザインだった。

BASICをROMに固定しない「クリーンコンピューター」

X1ではBASICを本体ROMに固定せず、必要な環境をカセットやディスクから読み込む考え方を採った。電源を入れて即BASICという分かりやすさと引き換えに、用途を一つに縛らない自由度を取った設計である。現在の感覚で見ると当たり前に感じる「システムを記憶媒体から読み込む」という考え方を、家庭用8ビット機で強く打ち出していた。

PCG――文字をキャラクターに変える

PCG(Programmable Character Generator)は、文字パターンそのものを書き換える仕組みだった。文字コードを文字としてだけでなく、自機、敵、弾、地形などの図柄として扱える。専用スプライトとは異なるが、テキスト表示の仕組みを巧みに利用し、高速なゲーム表現に活用された。X1がホビー・ゲーム分野で強い存在感を持った理由の一つである。

カセットも「制御する機械」だった

初期X1ではデータレコーダーも重要だった。保存媒体としてカセットテープを使うだけでなく、再生・停止・早送り・巻き戻し・頭出しなどをコンピューターから扱う発想があった。テレビも制御する、カセットメカも制御する。ここには「周囲の家電やAV機器をコンピューターの管理下へ置く」という一貫した思想が見える。

1983年 X1C / X1D――カセットとディスク、二つの方向

1983年にはX1CとX1Dが登場する。X1Cはカセットデータレコーダーを内蔵した普及方向のモデル。一方のX1Dは3インチコンパクトフロッピーディスクを採用した。後世から見ると5.25インチ、そして3.5インチが印象に残るが、この時代は記録媒体の規格そのものが競争中だった。

X1Dの3インチ採用は主流にはならなかった。しかし、テープからランダムアクセス可能なディスクへ移ろうとしていた時代の試行錯誤を残している。

1984年 X1Cs / X1Ck――「漢字が使える」が性能だった

現在、日本語が表示できることをパソコンの特別な能力とは考えない。しかし当時は、漢字の字形データをどう持つかがハードウェア上の大きな課題だった。X1Ckなどでは漢字環境が強化され、X1はゲームやBASICだけでなく、日本語文書や実用ソフトへと領域を広げていく。

1984年 X1turbo――本質はCPUクロックではない

「turbo」という名前から、CPUだけが高速になった機種だと思われやすい。だが初代X1もX1turboもZ80A系・4MHzであり、ここは記録として区別しておきたい。

turboで大きく変わったのは、640×400ドット高解像度表示、漢字環境、フロッピーディスク、I/O、実用ソフトを支える周辺システムだった。つまり「速いX1」というより、より多くの情報を扱えるX1へ進んだのである。

1985年 X1F / turbo model40 / turbo II――普及と完成度

X1FはノーマルX1系を整理して買いやすくした普及モデル。turbo model40では「パソコンテレビ」の思想をturbo世代へ引き継ぎ、テレビ機能との連携を強めた。turbo IIでは筐体や構成、価格とのバランスを整えた。性能競争だけではなく、実際に買って使う道具としての完成度が問われ始めた時期である。

X1本体とデータレコーダー、フロッピーディスクドライブ、カセット、フロッピーディスク、接続ケーブル
X1と周辺機器の構成をイメージした再現画像。記録媒体はカセットからフロッピーディスクへと移っていった。

1986年 X1G / turbo III――ノーマル系とturbo系の成熟

X1GはノーマルX1系列の終盤を担い、ホビー用途を意識した構成となった。turbo IIIではFDDや漢字環境などが整い、初代の「テープを待つパソコン」とはまったく違う実用機の姿になっていく。

1986年 X1turbo Z――4096色とFM音源へ

turbo ZはX1技術史の中でも華やかな節目である。高解像度表示に加え、低解像度側ではアナログRGBによる4096色表現を扱うモードを持った。ここで注意したいのは、「640×400で4096色」ではないことだ。高解像度と多色表示を用途に応じて使い分ける設計だった。

さらにFM音源によって、ゲームや音楽表現も大きく変わった。単純な電子音から、複数パートを持つ音楽へ。X1は映像と音の双方でAVパソコンらしさを強めていった。

X1は、本体だけで完成する機械ではなかった

当時の面白さは、やりたいことが増えるほど机の上の機械も増えたことだ。漢字を使いたければ漢字ROM。音を豊かにしたければFM音源。通信ならRS-232Cやモデム。ディスクを使うならFDD。操作を広げるならマウスやジョイスティック。現在ならソフトウェア設定だけで済むことが、当時は基板、箱、ケーブルとして目の前に現れた。

X1本体とFM音源、漢字ROM、RS-232C、モデム、ジョイスティック、マウスなどの拡張機器
X1の拡張環境をイメージした再現画像。漢字、音源、通信など、やりたいことに応じて機能を追加していく時代だった。

RS-232Cとモデム――外の世界につながる

通信機器を加えると、X1は電話回線の向こう側へ出ていった。パソコン通信では文字中心のやり取りだったが、一台で閉じたコンピューターから、他者とつながるコンピューターへという大きな変化だった。

1987年 X1turbo Z II / X1 twin

turbo Z IIはZ系をさらに磨き上げた機種。そして同じ1987年、異色のX1 twin(CZ-830C)が登場する。

X1 twinは、X1系のコンピューター機能とPCエンジン相当のHEシステムを一つの筐体に収めた。しかし、両者が一つのCPU・メモリ空間として完全融合していたわけではない。「二つの世界を一つの箱に同居させた機械」と考える方が正確である。

初代では「テレビ+パソコン」。twinでは「ゲーム機+パソコン」。異なる家庭用メディアを一台へまとめようとする発想には、X1シリーズの一貫性が見える。

X1 twin本体、モニター、キーボード、ゲームコントローラー、ゲームメディア、マニュアル
X1 twinをイメージした再現画像。パソコンと家庭用ゲーム機という二つの世界を一つの筐体に収めた異色のモデルだった。

1988年 X1turbo Z III――8ビットX1の終着点

1988年、turbo Z IIIがシリーズ末期の到達点となる。初代からわずか6年ほど。その間に、テレビ制御、PCG、カセット、ディスク、漢字、高解像度、FM音源、多色表示、通信、AV処理、ゲーム機との複合まで進んだ。

現在なら多くが一枚の基板やソフトウェアの中に隠れている。当時は進化が部品として見えた。新しい機能は新しい基板であり、新しい箱であり、新しいケーブルだった。その「触れる技術史」がX1の大きな魅力でもある。

年表で見るX1シリーズ

年主な機種代表型番技術的な意味
1982X1CZ-800Cパソコンテレビ、スーパーインポーズ、TV制御、PCG、クリーンコンピューター
1983X1C / X1DCZ-801C / CZ-802Cカセット普及型と3インチFDD型へ分岐
1984X1Cs / X1CkCZ-803C / CZ-804C改良と漢字環境の強化
1984X1turboCZ-850C系640×400、高解像度・漢字・FDD・I/Oを強化
1985X1FCZ-811C / 812CノーマルX1の普及・低価格路線
1985turbo model40 / turbo IICZ-862C / CZ-856CTV連携と完成度・価格バランスを整理
1986X1G / turbo IIICZ-820C系 / CZ-870Cノーマル系末期、ディスク・漢字環境の成熟
1986X1turbo ZCZ-880C4096色系表示、FM音源、AV・ゲーム表現を強化
1987X1turbo Z IICZ-881CZ系の改良・完成度向上
1987X1 twinCZ-830CX1系+PCエンジン相当HEシステムを一筐体化
1988X1turbo Z IIICZ-888C8ビットX1シリーズの最終世代

おわりに――コンピューターを、コンピューターだけで終わらせなかった

X1シリーズを年表で見直すと一本の筋が見えてくる。それは、コンピューターをコンピューターだけで完結させない姿勢である。

テレビにつなぐ。テレビを制御する。テープを動かす。ディスクへ移る。漢字を載せる。音源を足す。電話回線につなぐ。映像を扱う。ゲーム機まで同じ筐体に入れる。

1980年代は、「昨日できなかったこと」が翌年の新製品では目に見える形で可能になった。X1の一台一台は、その変化を記録した技術資料でもある。

だから今見ても面白い。赤い筐体を懐かしむだけではない。家庭用コンピューターが何者になろうとしていたのか、その試行錯誤が機械の姿に残っている。

画像について
本記事中の機器画像は、当時のX1シリーズや関連資料を参考に作成した再現イメージであり、実機写真ではありません。生成画像内の細かな型番・端子・文字表現は史料として使用せず、機種名・型番・仕様については本文および年表を参照してください。

参考資料

文・磐田井|Ban.Tai Education Design

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