コラム第22弾

テレビを持たないつもりだった私が、X1を買った日

一台のパソコンが変えた、仕事と暮らし、人とのつながり

文・磐田井|Ban.Tai Education Design

私が初めて、自分のお金で購入した本格的なパソコン。

それが、シャープの8ビットパソコン「X1」でした。

それ以前にも、カシオのポケットコンピュータ「PB-100」でプログラムを組んでいました。小さな液晶画面に、自分が入力した命令の結果が表示される。表示できる文字数はわずかでしたが、それでも「自分で考えたものが、機械の上で動く」という感覚は、とても新鮮でした。

けれどもX1は、その世界を一気に広げてくれました。

小さな液晶画面の向こう側にあると思っていたコンピューターの世界が、今度は大きな画面となって、私の目の前に現れたのです。


雑誌で見た一台に、心を奪われた

X1との最初の出会いは、実物ではありませんでした。パソコン雑誌に掲載された発売記事です。

まず惹かれたのは、その姿でした。

当時のコンピューターには、どこか「仕事のための機械」「専門家が使うもの」という雰囲気がありました。ところがX1は、少し違って見えました。

オーディオ機器を思わせるような本体。専用のディスプレイ。そして、特に印象的だったのが鮮やかな赤いモデルでした。

「これは机の上に置いて、毎日触ってみたい」

そう思わせる魅力がありました。

しかし、私が本当に心を動かされたのは、デザインだけではありません。そこに書かれていた言葉です。

「パソコンテレビ」

今なら、パソコンで映像を見ることも、テレビとコンピューターを組み合わせることも珍しいことではありません。

しかし1980年代初頭、「パソコンとテレビが一つになる」という発想は、とても未来的に感じられました。

テレビを見る。コンピューターを使う。

それまで別のものだと思っていた二つが、一台の中で結びつく。その可能性を考えるだけで、私はわくわくしました。

発売日が、本当に待ち遠しかったのです。

そして発売されると、私はほとんど迷うことなく買いに行きました。新しい電化製品を買うという感覚ではありませんでした。

これを手に入れれば、自分にも何か新しいことが始められる。

そんな期待の方が大きかったように思います。


「テレビは持つまい」と思っていた

少しおかしな話なのですが、それまで私は、「テレビは持つまい」と思っていました。

テレビが嫌いだったわけではありません。むしろ見れば面白い。だからこそ、一度見始めると、いつの間にか長い時間が過ぎてしまうことが気になっていたのです。

その時間があれば、本を読むこともできる。勉強することもできる。何か新しいことを覚えることもできる。

そんなふうに考えていました。

ところが、その私が、テレビ機能を備えたX1を買ったのです。今考えると、かなり矛盾しています。

それでも当時の私の中では、少し違っていました。ただテレビを見るためではありません。

コンピューターがテレビをコントロールする。

そこに興味を持ったのです。

テレビというものを、受け身で眺めるだけではない。自分でプログラムを書き、機械を動かし、その一部としてテレビも制御する。

私は、そこに新しい世界があるのではないかと思っていました。

夕暮れの部屋で、赤いX1のディスプレイに映るテレビの天気予報を見ながらキーボードに手を置く若き日の磐田井

想像していた「テレビ制御」と、実際のX1

もちろん、実際に使ってみると、購入前に膨らませていた想像と現実には少し違いもありました。

私が使った範囲では、キーボードのテンキーを使ってテレビのチャンネルを切り替えたり、音量を変えたりする。さらに、その操作をプログラムの中に組み込む。そうしたことが、テレビ制御の中心でした。

今考えれば、それでも十分に面白い機能です。

けれども購入前の私は、もっと先のことまで勝手に想像していたのでしょう。

「なるほど。できるのは、こういうことなのか」

少し拍子抜けしたことも覚えています。

製品が悪かったわけではありません。私の期待の方が、製品より先へ走っていたのです。

ただ、不思議なことに、そのことでX1への興味を失うことはありませんでした。むしろ逆でした。

テレビをどう動かすかという興味から、「このコンピューターそのもので、何ができるのだろう」という興味へ変わっていったのです。


PB-100で感じた喜びが、X1で大きくなった

PB-100を使っていたころから、私はプログラムを組むことが好きでした。

考える。入力する。実行する。うまくいかない。どこが違うのかを考える。もう一度直す。

そして、思った通りに動く。

この繰り返しが面白かったのです。

X1では、画面が大きくなり、扱えることも増えました。文字だけではなく、図形を描くこともできる。色も使える。画面全体を使った表現ができる。

小さなポケットコンピューターで感じていた「自分の命令が動く」という喜びが、一気に広がっていきました。

プログラムそのものだけではありません。

雑誌を読む。本を探す。新しい命令を覚える。試してみる。失敗する。また直す。

そんな時間そのものが楽しかったのです。

雑誌とノートを広げ、赤いX1に向かってBASICのプログラムを入力する若き日の磐田井

パソコンが、学校の仕事に入り始めた

X1が私にもたらした大きな変化の一つは、趣味だったパソコンが、少しずつ仕事の道具になっていったことです。

当時、学校では多くのものを手書きで作っていました。運動会のプログラムなどもそうです。

文字を書き、配置を考え、間違えれば書き直す。今では想像しにくいほど、多くの作業を手作業で行っていました。

そこへ、ワープロソフトとプリンターが入ってきました。

私が使ったのは、ドットプリンターです。現在のレーザープリンターやインクジェットプリンターのような滑らかな文字ではありません。点の集まりで文字を作る。近くで見れば、文字の輪郭にドットが見える。

それでも当時の私には、十分に画期的でした。

パソコンで文章を入力する。間違えれば、その部分だけ直す。文字の位置を整える。そしてプリンターから、同じ品質のものが何枚も出てくる。

初めて運動会のプログラムをパソコンで作り、印刷した時のことを覚えています。

周囲の先生方が、「こんなものが作れるのか」という表情で見ていました。

私自身も面白かったのですが、同時に、これは仕事にも使える道具なのだということを実感しました。

趣味として触っていたパソコンが、学校の仕事の中へ入り始めた瞬間でした。

今では、文書をパソコンで作ることは当たり前です。しかし当時は、それまでの仕事の進め方そのものが変わっていくように感じられたのです。

職員室でドットプリンターから出てきた運動会プログラムを手に取り、同僚の先生方が驚いてのぞき込む場面

漢字を使うことさえ、ひとつの「拡張」だった

現在のパソコンでは、日本語が使えることなど意識することもありません。文字を入力すれば、変換候補が出る。漢字を選ぶ。それが普通です。

しかし当時は違いました。

私の場合、初代X1で本格的に漢字を扱おうとすると、追加の漢字ROMなどを用意する必要がありました。

できることを増やしたければ、機器や周辺装置を追加する。ソフトを買う。設定する。使い方を覚える。

一つできるようになると、「次はこれもやってみたい」と思います。すると、また何か必要になる。

そうして、少しずつ自分のパソコン環境が大きくなっていきました。

当然、お金もかかります。本体を買って終わりではありません。周辺機器、ソフト、増設装置、プリンター、通信機器、本や雑誌。

今振り返れば、よく使ったものだと思います。

けれども当時は、それ以上に、「昨日できなかったことが、今日はできる」ということがうれしかったのでしょう。


X1は、電話回線の向こうへつながった

もう一つ、私にとって大きかったのがパソコン通信です。

コンピューターが電話回線につながる。そして遠くにいる人と、文字でやり取りができる。

今のインターネットを知っている人には、何でもないことに思えるかもしれません。しかし当時は、本当に不思議な体験でした。

最初はカナ文字中心の世界です。高速な画像もありません。動画もありません。

画面に文字が出てくる。こちらも文字を入力する。それだけです。

けれども、その文字の向こう側に、誰かがいる。

東京にいながら、遠くの人と話ができる。自分が知らなかった情報を持っている人がいる。同じX1を使っている人がいる。

その感覚は、とても新鮮でした。

パソコンに向かっているはずなのに、次第に意識するのは機械ではなく、画面の向こう側にいる人になっていきました。

パソコンは、計算する道具でも、文書を書く道具でもありました。そして同時に、人と出会うための窓にもなったのです。

夜の部屋で電話回線につないだX1の画面に並ぶ掲示板のメッセージを読み、遠くの仲間との交流を楽しむ若き日の磐田井

「X1を使っている」というだけで、仲間になれた

X1を使い続けるうちに、同じ機種を使う仲間も増えていきました。

今のように、SNSで簡単に同じ趣味の人を探せる時代ではありません。だからこそ、「X1を使っている」というだけで、話が弾みました。

どんなソフトを使っているのか。何を作っているのか。どんな周辺機器を付けているのか。うまく動かない時にはどうしているのか。

一人で試行錯誤していたことが、人とのつながりによって広がっていきました。

コンピューターというと、一人で画面に向かうもののように思われるかもしれません。しかし私にとっては、むしろ逆でした。

コンピューターを使うようになったことで、人との出会いが増えていったのです。


初代X1から、X1 turbo Zへ

そうして私は、X1シリーズを長く使い続けることになりました。

初代X1から始まり、やがてX1 turbo Zの時代まで。振り返れば、このシリーズの機種をかなり多く購入しました。

「また買うのか」

と、今の自分なら当時の自分に言いたくなるほどです。

しかし新しい機種が出るたびに、性能が上がる。できることが増える。画面が変わる。周辺機器が増える。その変化を、自分の机の上で確かめることができる。

それが楽しかったのだと思います。

もちろん、財布には優しくありませんでした。機能が増える喜びと、出費が増える現実。その両方を、しっかり経験しました。


テレビを避けた私が、パソコンに時間を使った

考えてみれば、少し皮肉な話です。

私は、「テレビを見ると時間を使ってしまう」と思って、テレビを持たないつもりでいました。

ところがX1を買った結果、テレビ以上に多くの時間をパソコンに使うようになりました。

夜遅くまでプログラムを考える。雑誌を読む。試す。失敗する。また試す。通信する。印刷する。新しい機器をつなぐ。

気がつけば、何時間も経っています。

ただ、私の中では少し違いがありました。

テレビを見る時間は、画面から与えられるものを受け取る時間でした。パソコンに向かっている時間は、自分から何かを作ろうとしている時間だったのです。

もちろん、夢中になれば同じように時間は過ぎていきます。「好きなことなら、いくら時間を使ってもいい」とも言えません。今振り返れば、もう少し上手に時間を使えたこともあったでしょう。

それでも、あの時間の中で覚えたことは、かなり多かったと思います。


期待していた未来とは違った。でも、もっと大きなものが残った

X1を買う前、私が最も期待していたことの一つは、テレビとの連携でした。

しかし実際には、その機能そのものが私の人生を大きく変えたわけではありませんでした。むしろ、その先にあったものです。

プログラミング。文書作成。印刷。学校の仕事。パソコン通信。仲間との出会い。周辺機器を組み合わせ、自分なりの使い方を見つけていくこと。

購入前には想像していなかった方向へ、世界が広がっていきました。

これは、今のAIにも少し似ているように感じます。

新しい技術に出会った時、最初に考える使い道と、本当に価値を感じる使い道が同じとは限りません。

まず触ってみる。試してみる。自分の仕事や暮らしに置き換えてみる。そこから、本当の使い道が見えてくる。

私はX1から、そんなことも教えられたのかもしれません。


あの日、店へ急いだ自分は、今もどこかにいる

発売日を待ちわびて、店へ急いだあの日。

ずいぶんお金のかかる趣味の始まりでもありました。そして、ずいぶん時間のかかる趣味の始まりでもありました。

けれども、そこで覚えた「まず触ってみる」「自分で試してみる」「使い道を自分で考える」という姿勢は、その後もずっと残りました。

新しい機械が出る。新しいソフトが出る。インターネットが始まる。スマートフォンが登場する。そして今は、生成AIです。

時代が変わっても、私の中には、「これは何に使えるのだろう」と考える自分がいます。

そのたびに思います。

あの雑誌の記事を見て、X1の発売を待ち、店へ急いだ頃の自分は、今もどこかにいるのだ、と。

テレビを持たないつもりだった私が、結果として選んだ「パソコンテレビ」。

その画面に映っていたのは、テレビ番組でも、BASICの実行結果だけでもありませんでした。

これから自分が何に夢中になり、何を作り、誰と出会っていくのか。

その入り口が、あの赤いX1の画面の中にあったように、今では思えるのです。

文・磐田井(Ban.Tai Education Design 代表 / 元小・中・高校教員)


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