コラム第4弾

二百円の記憶、スクリーンの宇宙

――池袋・文芸坐からテアトル東京、そしてこれからの映画館へ

昭和52年から53年ごろ、私は池袋の文芸坐によく通っていた。

会員になっていたことは、覚えている。料金は、たしか2本立てで200円ほどだったように思う。小さな金額で二つの作品に出会えることが、うれしかった。

ただ、半世紀近くが過ぎた今、料金も上映作品も、すべてを正確に思い出せるわけではない。『砂の器』を観たのは文芸坐だっただろうか。ほかにもたくさんの映画を観たが、どの作品をどの映画館で観たのか、記憶の中では少しずつ重なっている。

それでも、「文芸坐に通っていた」という感覚は残っている。

映画を観るために街へ出かけ、暗い客席に座り、スクリーンを見つめた時間。作品の記憶と、映画館の記憶。その両方を、今あらためてたどってみたい。


二本の映画に出会えた、文芸坐という場所

文芸坐の正式な名前には、「座」ではなく「坐」の字を使う。

1956年、昭和31年に、池袋の映画館「人世坐」の姉妹館として開館した。当初は松竹洋画系の封切館だったが、のちに名画座へ転換。独自の特集を組み、映画ファンに親しまれる場所になっていった。

名画座には、封切りを見逃した映画を観る楽しみがあった。そして、すでに評判の定まった名作や、それまで名前を知らなかった作品に出会う楽しみもあった。

2本立ての片方を目当てに出かけて、もう片方が心に残ることもある。組み合わせを見ると、映画館が何を届けようとしていたのかが伝わってくる。

昭和52年の正月の上映案内には、こんな番組が載っている。

上映期間 上映作品(2本立て)
1月1〜7日 『ペーパームーン』+『ある愛の詩』
1月8〜14日 『ブラザー・サン シスター・ムーン』+『ロミオとジュリエット』
1月15〜21日 『シンデレラ・リバティー/かぎりなき愛』+『愛すれど心さびしく』
1月22〜28日 『華麗なるギャツビー』+『ラスト・ショー』

同じ上映案内の文芸地下劇場には、『用心棒』と『椿三十郎』、『七人の侍』、そして『砂の器』と『張込み』が並んでいる。

『砂の器』と『張込み』の2本立ては、1月22日から28日。私がよく通っていた時期と重なる。

だからといって、この週に観たと断定することはできない。けれど、古い上映案内の中に見覚えのある題名を見つけると、遠くなっていた時間が、少し身近になる。

池袋・文芸坐 2本立て200円の上映案内とチケット売り場

二百円という記憶についても、補足しておきたい。当時の上映案内には、1977年正月から入場料を300円に改定した旨が記されている。一方、その時期の会員料金は今回確認できなかった。私の覚えている200円が会員割引だったのか、別の時期の記憶なのかは、今のところ分からない。

金額の正確さとは別に、何度も通える身近な映画館だったことは、私の中で変わらない。


名画座は、映画を選んで見せる場所だった

文芸坐の魅力を伝える企画に、「陽のあたらない名画祭」がある。

当時のパンフレットを採録した資料によると、昭和52年には『サンタ・ビットリアの秘密』と『まぼろしの市街戦』、『ひとりぼっちの青春』と『終身犯』などが組まれていた。翌53年には、『赤い靴』と『黒いオルフェ』、『さらば冬のかもめ』と『野のユリ』という番組もある。

文芸地下でも、『十三人の刺客』『浮草』『煙突の見える場所』『警察日記』など、さまざまな日本映画が取り上げられていた。

並んだ題名を見るだけでも、興行成績や知名度だけでは決まらない選び方が感じられる。映画を愛する人が作品を選び、組み合わせ、観客へ届ける。その仕事が、名画座の個性をつくっていたのだろう。

映画は、人の暮らしや時代、社会の矛盾、自分とは異なる生き方を見せてくれる。教育現場に長く関わってきた今、そうした出会いも、人を理解するための学びだったのではないかと思う。


テアトル東京――あの大画面と音響は忘れられない

名画座の思い出とともに、もう一つ、忘れられない映画館がある。

ロードショー館の「テアトル東京」だ。

私の記憶に残っているのは、床から天井まで届くような大スクリーン。横へ大きく広がり、楕円形のように感じられる画面だった。そして、音響が素晴しかった。

そこで『スター・ウォーズ』の第1作を封切りで観た。『2001年宇宙の旅』も観た。

作品の内容だけでなく、あの場所で、あの画面と音に接したこと自体が、今も思い出になっている。

テアトル東京の巨大湾曲シネラマスクリーンと上映風景

テアトル東京は、大きく湾曲したスクリーンを備えた映画館だった。当時を振り返る資料には、高さ約8.7m、横幅約28mという寸法が記されている。ただし、これは回想資料による値であり、厳密な比較には測り方の違いも考える必要がある。

私が「楕円形」と覚えていたのは、その湾曲した画面に包まれるような感覚だったのかもしれない。

テアトル東京は1981年、昭和56年10月31日に閉館した。最後の上映作品は『天国の門』。運営会社である東京テアトルの沿革にも、同年10月の閉館が記録されている。

いつの間にか失われていた映画館。しかし、そこで受けた驚きは消えていない。


文芸坐は、同じ場所で新しい時代へ

文芸坐も、昔の建物のまま残っているわけではない。

旧文芸坐は、建物の老朽化などを理由に1997年に閉館した。その後、跡地に建てられたマルハン池袋ビルの中で、2000年12月12日、「新文芸坐」として再出発した。

新しい劇場の開館作品は『七人の侍』だったという。私が通っていたころの上映案内にも載っていた作品が、新たな出発を飾っていた。

現在の新文芸坐は、池袋駅東口から徒歩5分、マルハン池袋ビルの3階にある。定員264名、幅10m・高さ4.2mのスクリーンを備え、4Kレーザー映写とともに35mm・16mmフィルムの上映設備も持つ。

2022年には映像・音響設備を刷新し、独自の音響システムを導入した。昔の作品を、新しい上映設備でも味わえる映画館になっている。

鑑賞の仕組みも変わった。基本は指定席・入替制で、オンライン予約もできる。対象作品には「2本目割」があり、同日の2本を一度に購入すると、一般1,900円、60歳以上のシニアなどは1,500円となる。特別興行は別料金だ。

10も「友の会」があり、割引やポイントの仕組みが用意されている。かつて会員だった私には、その名前にも懐かしさがある。

昔の建物には戻れなくても、かつて通った場所で、もう一度映画を観ることはできる。


今の映画館には、まだ知らない楽しみがある

私は、池袋の巨大なIMAXにはまだ行ったことがない。

テアトル東京のような大きな映画館は、もうないのではないかと思っていた。しかし調べてみると、池袋のグランドシネマサンシャインには、幅約25.8m、高さ約18.9mのスクリーンがある。特に高さは、私の知っている大画面の印象を超えている。

今の映画館は、大きさに加えて、音、座席、体感効果にも工夫を凝らしている。これから訪れてみたい場所を、東京・近郊を中心にまとめた。

映画館・場所 特徴 こんな楽しみに
新文芸坐/池袋駅東口徒歩5分 名作や近年の作品の特集、フィルム上映、4K上映 昔観た映画との再会、知らなかった作品との出会い
グランドシネマサンシャイン 池袋/池袋駅東口側 超巨大画面のIMAXレーザー/GT 宇宙や自然、冒険の映像に包まれる体験
丸の内ピカデリー/有楽町・銀座駅近く、マリオン別館5階 ドルビーシネマ。高品質な映像と立体音響 映像の細部や、周囲を動く音を味わう
109シネマズ川崎/JR川崎駅西口直結、ラゾーナ5階 IMAXレーザー、別方式としてSCREENX 大画面や、左右にも広がる映像を楽しむ
ユナイテッド・シネマ アクアシティお台場/台場駅徒歩1分 4DX、音と振動が伝わるFLEXOUND 映画を体でも感じる
立川シネマシティ/JR立川駅北口側 作品に合わせて音を調整する極上音響・極上爆音上映 音楽やせりふ、効果音をじっくり聴く
新宿ピカデリー/新宿三丁目エリア 一部上映にプラチナシート・プラチナルーム ゆとりある空間で映画を楽しむ

例えばSCREENXは、正面に加えて左右にも映像を投影する方式。4DXは座席の動きや風、水などが場面と連動する。FLEXOUNDは、椅子に内蔵されたスピーカーから音と振動が伝わる仕組みだ。同じ「迫力」でも、ずいぶん違う方向へ進化している。

また、大阪の109シネマズ大阪エキスポシティには、幅約26m、高さ約18mのIMAXレーザー/GTがある。旅先で映画館を訪ねることも、一つの楽しみになりそうだ。

映画館を選ぶときは、館名だけでなく、上映回に付いた「IMAX」「Dolby Cinema」「SCREENX」「4DX」「極音」などの表示も確かめたい。同じ作品でも、どの設備で観るかという選択がある。


もう一度、映画館へ

文芸坐で何本もの映画に出会ったこと。テアトル東京で、大きな画面と素晴らしい音響に驚いたこと。

正確な日付や金額を忘れても、その時間は自分の中に残っている。

今なら、昔観た映画を違う気持ちで受け止めるかもしれない。若いころには気付かなかった表情や、せりふの意味が見えてくるかもしれない。そして、新しい映画館には、まだ体験したことのない驚きがある。

まずは、新文芸坐の上映案内を開いてみようと思う。懐かしい題名を見つけたら、池袋へ出かけるきっかけになる。

そしていつか、巨大なIMAXの客席にも座ってみたい。

あのころの自分と、今の自分。同じ暗がりの中で、スクリーンが明るくなるのを待ってみたい。

訪問前に確認できる公式サイト

※施設・料金情報は2026年9月確認。上映方式や料金は作品・上映回によって異なります。本文の鑑賞体験は筆者の記憶に基づき、上映日などの資料情報とは区別して記しています。

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